ミーカガンとは?沖縄で作られた水中メガネ。池間方言で「ミガニ」
こんにちは。石垣島ナビです。
「ミーカガン」って聞いたことあります?水泳のゴーグルのような、水中メガネのような形をしているもの。昔の漁に使われた道具で、当時は画期的な発明でした。
今回は「ミーカガン」について紹介します。
目次
「ミーカガン」
沖縄の漁の道具
沖縄の漁の道具に「ミーカガン」というものがあります。水中メガネの一種で、水泳で使うゴーグルに似た形をしています。
目鏡(めかがみ)が訛って「めかがみ」「みかがみ」「みーかがんみ」「ミーカガン」になったと言われています。沖縄ではゴーグルのような「ミーカガン」以外にも、メガネを一般的に「ミーカガン」と呼んだりもします。
ですが、ミーカガンというと、水中メガネの「ミーカガン」を思い浮かべることが多いです。
画期的な道具だった
ミーカガンは19世紀末の沖縄で、玉城保太郎(たまぐすくやすたろう)さんによって開発されました。
当時の沖縄では、素潜り漁で魚やタコなどを採っていたんですが、水中で目を開けて漁をすると、年齢を重ねた時に「目が悪くなる」ことが多かったそうです。
なので、漁をする時は、目を閉じて、手探りですることが多かった。見えないので、かなり効率が悪い漁でした。
玉城さんは、そんな漁を変えたいと、漁具の開発に取り組んだ人です。ミーカガンの開発には4年の歳月がかかっていますが、開発されてからは、画期的な道具として、一気に沖縄県内に広がり、普及します。
ミーカガンが開発されてから、魚の追い込み漁が発展したり、貝漁が発展したりと「沖縄の漁」が劇的な変化を遂げました。現在でも、沖縄の離島では「素潜り漁」を生業として生活している人たちが多くいます。
素潜り漁をして採った魚、貝などを売って暮らしている。素潜り漁で子供を大学まで出させてしまうので、すごい人たちです。そんな漁のスタイルを可能にした、はじめの道具が「ミーカガン」なんです。
沖縄で量産、普及
作られた当時、明治時代には離島ではとても高価なものでした。「粟5俵と交換された」とか、「牛1頭でも交換できなかった」と言われるぐらい。
その後、いろんな職人さんがミーカガンを作るようになりました。現在でも、沖縄本島の糸満でミーカガンを作ってらっしゃる職人さんがいられたりもして、伝統的な製法を受け継がれています。実用というよりは観賞用・研究用で買うこともできます。
開発された1884年から同じようなデザインだったようです。デザイン性の高さから、近年ではアクセサリーとして、オシャレのアイテムとして時代を超えて愛されています。
モンパノキが使われた
ミーカガンの作成には「モンパノキ」という木が使われています。モンパノキは芯に小さな穴があいていて、加工しやすい木材でした。また、乾燥しても反らないという利点もあり、ミーカガンを作るには最適な木だったことがわかります。
モンパノキは沖縄の方言で「ハマスーキ(浜潮木)」と呼ばれ、沖縄では海岸の砂浜や砂礫地でよく見かける木です。ムラサキ科の低木。葉は食用になったり、いろんな用途に利用される木でもあります。
ミーカガンがモンパノキで作られるようになってからは「ガンチョギー(眼鏡木)」と呼ばれるようにもなったモンパノキ。木の名前にまで影響を与えてしまった「ミーカガン」が人々に与えた影響の大きさをうかがい知ることができます。
実物は「しらほサンゴ村」で見れる
石垣島の白保集落にある「しらほサンゴ村」で、ミーカガンの実物を見ることができます。白保集落は昔から漁が盛んだった集落で、現在では「アオサンゴ」の世界的な群落が存在する集落として有名です。
白保集落の「しらほサンゴ村」はサバニ船などの舟や漁に使う道具を展示してくれています。ミーカガンもあり、手に触れることもできます。
ミーカガンの質感や、サバニで使う道具を触ってみることも可能なので、ぜひ訪れて、体験してみてください!
目を守るために大事
当時のミーカガンは「塩水から目を守るため」に使われていました。毎日のように海水に目をつけていると、視力が低下したり、目が霞んだりするようになります。
海水は目の健康にはあまり良くない。
沖縄の海では水中メガネで楽しもう
海水は当時と同じで、今も同じです。沖縄の海で遊ぶときは「水中メガネ」をして楽しみましょう。漁師さんたちのように、毎日入るわけではないので、数回で目が悪くなることはないです。
でも、沖縄の海は日差しも強いので、目をしっかりとガードすることは大事。「ゴーグル」や「ダイビング用のマスク」を選んで、しっかりと目の健康を保ちましょう!
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それじゃあ、楽しく旅してね!
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